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あこしらくご感謝!

Posted by daigo yuasa on 10.2012 公演日記   0 comments   0 trackback
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あこしらくごの画像を送って頂きました。

今回はあこちゃんが落語に挑戦。

すばらしい出来栄えでした!

数年後には弟子入りか!?(笑)

お囃子舞台、たかっちゃんとシンゴ君。

楽しかった~。

大入りまで頂き感謝!


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鎌倉

Posted by daigo yuasa on 06.2012 公演日記   0 comments   0 trackback
もうだいぶ長い間ブログをサボってしまいました・・・
ツイッターがあると、そっちでいいかと楽しちゃいますね。
でも、意外とツイッターも見てくれてるみたいでありがたいです。

さて、昨日は久々の自身のライブだったわけですが、
前回同様、満員御礼でしかも半分はリピーターという事で、ありがたい事です。

来てくれたみなさん、本当にありがとうございました。
いつもの事ですが、満足の出来る演奏というのはなかなか出来ません。

まぁ、これ位で満足していいたらどうしようも無いですが、
その中でも、最近は自分の方向性というかスタンスがかなり固まっていまして、
今までの「迷い」みたいな物はかなり削ぎ落とされた様に感じます。

ただ、それが伝わるかは自分でも未知の領域なんですが、今回は終演後のみなさんとの
お話の中で、自分なりの手ごたえをすごく感じる事が出来ました。

とても嬉しかったです。

尺八の大山君とのコラボも含め、他楽器とのコラボで自分に合ったやりかたというのも
うっすらわかりはじめました。

そして、私にとって重要なプロジェクトも具体的に動き出しています。
すぐに結果は出ませんが、一歩一歩進んで行く事が重要ですね。
まだまだ少ないですが反応もありますし、育ててるって感じが楽しいです。

来年にはかなり大きな子になるでしょう。

私はあまり大きく(太く)ならない様にしないと・・・

ではでは。





ドバイツアー。

Posted by daigo yuasa on 15.2011 公演日記   0 comments   0 trackback
行ってきましたよ。ドバイ。

「ドバイってどこ?拉致とかされない?自爆テロとか大丈夫?」

たぶんみなさん、ドバイのイメージってそんな感じなんじゃないでしょうか。


え?俺だけ?


とにかく、いくら波乱万丈な人生とはいえ、ドバイにだけは決して行くことは無いと
タカをくくっていた私ですが、突然のお仕事の依頼が来てしまったのですね。

まぁ、そんな事を言いつつ内心は


スゲー楽しみ(はぁと)



ていう感じでしたよ。

でもね、あくまでお仕事ですから。

日本の素敵な文化をアラブの方々に伝える。

その事しか頭の中にありませんでしたよ。

ほんの一瞬でしたけど。


今回のメンバーは

橋口隆之さん
金刺由太さん
山田ケンタさん

みんな筋肉ムッキムキで、この中にいると自分が小さく感じるんだよね。

でも写真に写ると俺が一番顔がでかいから不思議。

カメラ壊れてるのかな?


さて、15時間かかってたどり着いたドバイは

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わぉっ!近代的!


そして宿泊したホテルからの眺め

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ファンタスティック!

ディズニーもビックリ!

プライベートビーチも

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鼻血でた。

砂漠はドコ?

なんてったって宿泊したホテルのオーナーは

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金のフェラーリ作っちゃう位だから、どれだけすごいかご想像頂きたい。

こういうアホな大人、大好き。

とまぁ、想像とかけ離れたバブリーな生活に酔いしれている場合でなく、
ちゃんとお仕事!

言葉の壁でなかなか理解してもらえないリハーサル。

ついにプロデューサーさんもぶち切れ。

どうなる事かとハラハラしましたが、なんとかリハ終了。

少し時間があったので観光に行きました。


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ゴールドスーク(市場)

ドバイでは金が安価で購入できるらしく、市場にはもの凄い量の金が並べられていました。

まるで露天で売られてるみたいに無造作に並べられた品物・・・

これが全部本物とは・・・。


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ドバイには高級な店ばかりが入っているモールがあり、ここは世界最大のドバイモール。

ここは日本とそう変わりは無い。

高級な「ららぽーと」という感じ。

例えがしょぼくてすまないと思ってる。

世界一高いビルを見たり、一通りドバイ観光する事が出来ました。


さて、肝心の本番ですが、やはり言葉壁は高かったのか・・・

なんとリハと本番のマイクが違う・・・

リハではラインなのに何故かワイアレス・・・音がボスボスッ。

そんな中、一生懸命音質調整してくれているのがわかった。

三味線ってマイク録り難しいからね。

焦ったと思うわ・・・。

そしてなんとか無事に終了!

いや、よかったよかった!

だってさ、アラブの曲やってくれって言うんだもん、緊張しちゃったよ!

そして打ち上げは朝まで続き、ぐてんぐてんのまま次の日を迎え、

今度はホテル内を観光。

ホテルがだだっ広くて、なんと移動は敷地に作られた運河を渡し船で移動・・・。

スケールの違いにクラクラする。

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早くも帰りの時間になり、空港へ。

帰りも香港経由で、昨日の打ち上げにまさかの寝落ちにて不参加のケンタさんと
香港空港にてリベンジの打ち上げ。

ドバイ公演終えて香港で打ち上げ。

うん、こうして文章にすると一流芸能人に見えなくも無い。

単なる乗り継ぎなんだけども。

そして無事に成田へ。


今回ドバイに行って感じた事。

想像以上に治安が良い。
ドバイは住民の8割が移民で、出稼ぎの方々。

タクシーの運転手さんも気さくに話しかける。
「ドバイは強盗もいないし、とても良い国」

実はドバイからはあまり石油は取れない。
でもアラブ首長国連邦全体のオイルマネーに恩恵を受けられるから豊かなんですね。

しかし、いまだに首長国なんてのが存続出来るのかと疑問ですが、
それは豊かな石油資本から出来る、国民への手厚い保護によるものみたい。

だから文句も出ないし、治安も良いのだろうな。
いくら民主主義って言ったって、貧しければ文句も出ますよ。

そんな資本も無い日本がこれだけ豊かなのはほんとすごい事だと思う。

やっぱり外国に行くと改めて日本の良さが身にしみます。
これは和楽器奏者には大切な事だよね。

関係者のみなさん!私はいつでも準備オッケーですよ!

では、長文ご精読ありがとうございました!





創作和料理 近藤

Posted by daigo yuasa on 12.2011 公演日記   0 comments   0 trackback
本日「創作和料理 近藤」での津軽三味線コンサートに
お越し頂いた皆様、ありがとうございました。

尺八の大山潤一君の協力でとても良いコンサートが出来たと思います。

また、店長の近藤料理長はいつもたまげる程美味しい料理を
食べさせて頂き、感謝です。

ここの料理を食べる度に料理というのは総合芸術だなぁ、と思いますね。

お得なランチは1500円から!皆様も是非。
私も行きます!

そして、早くも2月5日に次のコンサートが決まりました!
ご予約お待ちしています。

創作和料理 近藤

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伝承

Posted by daigo yuasa on 12.2011 公演日記   0 comments   0 trackback
長野での夢の様な一週間が終わった。

あまりにいろいろあって、帰って来て抜け殻の様になってしまった。

自分の中でも、弟子の飯田美千香さんの中でも「岡本芳一」に対する一区切りがついた。

さて、公演のパンフレットの一文を読んで頂きたい。

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岡本芳一追悼企画によせて


本日はご来場下さいまして、誠に有り難うございます。
2010年7月6日 に、岡本芳一は逝ってしまいました。
骨髄異形成症候群という病気でした。

3年前の秋、岡本は「この身体のだるさはおかしい」と言っていました。
病院に行き、検査を受けました。血液が通常の半分くらいに減っているということで

輸血をしましたが、これと言った病名も出ず、半年以上輸血でしのぎました。
そして2年前の新緑の頃病名が特定され、骨髄移植を受けることになり、準備に入りました。

ドナーも異例の早さで見つかり、何もかもが順調で、うまくいっていました。
秋、骨髄移植は成功しました。きっと退院も異例の早さだと予想されていました。

しかし喜びも束の間、DVHD(抗体反応)が岡本を肉体的にも精神的にも苦しめました。
まさに病気との死闘を繰り返していました。寒い冬を越え、季節は桜の時期を迎えようとする頃
岡本の容態は安定してきました。

白血球の増減は一進一退の状態が続いていましたが、
そのうちどんどん白血球が増え、とうとう退院を意識した外泊許可が下りました。

久しぶりに岡本は住み慣れた家、本郷の「どんどろ」で2日間過ごすことが出来ました。
これが岡本と本郷で過ごす最後になろうとは夢にも思いませんでした。

岡本の日記には、この外泊のことが一行だけ「楽しかった」と書かれていました。
外泊を機会に更なる白血球の増加を期待されていましたが、残念ながら白血球はその後、

坂を転がり落ちていくように減少していきました。
2回目の骨髄移植に向けて動き出した時には白血球は限りなくゼロに近くなり、
そのせいで岡本の体は肺炎に侵されていました。その日は突然やって来ました。

呼吸困難の発作が始まりました。岡本はどんな過酷な状況の下でもずっと「復帰する」と言い続けて来ました。
新しい作品の事ばかり考えていました。新作の具体的な話になると早く帰りたいとソワソワしていました。

何があろうと決して弱音を吐く事のなかったそんな岡本が、そのとき初めて
「逝っちゃうかもしれない」と言いました。岡本は目をいっぱい見開いて、
その目に涙をいっぱい溜めていました。激しい発作と8時間戦い、ICUに運ばれていきました。

呼吸器を着けた岡本は喋ることは出来ませんでしたが、私の手のひらに「がんばる」と書いてくれました。
翌朝、岡本はゆっくりと手を振って「バイバイ」をしてくれました。

ほどなくして岡本の鼓動は止まりました。

本日の演目の前半の部分は「子供三番叟」といって、岡本が私に当てて初めて作ってくれた、
人形も岡本にこしらえてもらった、私のソロの初舞台となった思い入れの深い作品です。

下手な私の唄に誘われて、今宵、岡本の魂がこの会場にやって来ないかなと期待しています。

演目の後半は、私が13年前にどんどろに来てから岡本の後ろ姿を夢中で追い、駆け抜けてきた日々を、
そして岡本の死に立ち合い、納骨を見届けるまでに見た幻想の景色を、想いを、
岡本の残したヒトガタとともに表現しました。岡本の魂は共に舞ってくれるでしょうか。

岡本芳一。享年62歳。

人形師としての生き様に、敬礼。   

2011年8月6日
  百鬼ゆめひな  飯田美千香


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最後に岡本さんの言葉


私は人形に《念》(おもい)をこめない。
人の形に似せた《器》をつくる。
空でなければ《器》は用をなさない。
魂の入れモノだ。
観る人の心が内部(なか)に映ってはじめて
人形は舞台で《生きモノ》になる。


「心を込めて演奏する」なんていう言葉に、何か違和感を感じていた私に
岡本さんの言葉はすっと入ってきました。

百鬼どんどろから百鬼ゆめひなへ。

心でも技でもなく、「器」を伝承するのだな。
  

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